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● 猫=神様 --- 定番中の定番でしょ〜が ●


「それじゃぁ、イナリちゃんについて〜!」

そういって机を挟んだ向こう側でこちらをジッと見ているイナリちゃんの肩をポンポン叩きながら世界主さんが笑う。
俺が光希を運んでいる間に酒気を抜いていたらしく――神ってすげぇよな――、街中にいたら「へへ、社長さん。ウチのは上玉ばっかりですよ〜」な店の人と間違われそうな胸元も、危うげなロレツもまともになっていた。
う〜ん、初登場の前にコレしておけば…なんて思うのは俺だけじゃないはず。

「でも、その前に光希ちゃんについて知ってもらわないとね」

コクコクッとイナリちゃんが世界主さんに同意の色を見せる。
アレ?なんか俺の疑問が一気に解決できそうな雰囲気?

「ところで光希ちゃんからは『守護者』のことについてどれくらい聞いてる?」

「一緒に居候しなくちゃいけないってことぐらいで他にはなにも…」

「むぅ。だいぶ簡単にしたのぉ」

困ったという顔でイナリちゃんと世界主さんで軽く目くばせをする。

「…はぁ。んじゃ、説明いくわよ隆史君。光希ちゃんの家でもある手島家は天界――って、私たち神の住んでるところなんだけど――の重要家系の一人娘なの。どんな風に重要なのかっていってもわからないだろうから後々にね」

「そのお嬢様のお供としてイナリがきたのじゃ。光希には天界でだいぶお世話になったからの。自分から姉様に頼んだのじゃ」

いつの間にか俺の隣に座っていたイナリちゃんがズズーッと、これまたいつの間にか淹れたココアを啜りながらこちらを見上げる。
っていうか、ココアと湯呑って合わないと思うんだけどなぁ…

「でね、手島家は代々、守護の相手は人間と決められているのよ。『天界のことばかりじゃなく、下界のこともよく知り双方をよく考えた上での判断をすることが大切』っていう先人の教えらしいわ」

「…え〜と、まず『守護者』って何ですか?」

「あ、そっかわからないんだよね。え〜と、人間ので言うとなんだっけ?ほら…そう、婚約者みたいなものよ」

「ふ〜ん、ってことは結婚するってことかぁ」

ほぉほぉ。結婚かぁ?
俺と光希が生涯を共にすると神父さんの前で誓いあって、教会の大きな鐘がゴーンゴーン
みんなが「おめでと!」
鳩がパタパタ
新婚旅行へ出発だぁ………………………………………って、え?

結婚だってぇ!!?

「大きい声を出すと大家殿に文句を言われるぞ?今朝方光希殿の妹として会ってきたんじゃが、『若き犯罪者の今後はどうなることやら…』とかなんとか」

あの管理人またそんなこと言ってたかぁ。
…よし、明日にでも光希に蹴り飛ばしてもらおう。
って、そんなこと考えてる場合じゃなくてっ!

「え、え〜と!とりあえず結婚って何さ!!?」

「そんな驚かれてもねぇ〜。光希ちゃんが来た時点でうっすらくらいにはわかってたんじ
ゃないの?ほら、定番中の定番(王道)でしょ〜が」

「何言ってんの〜」とでも言いたそうな顔で笑う世界主さん。

「どこの世界の『定番』ですかっ!?いや、むしろどこの地域のですか!?」

「むぅ、隆史殿は光希殿が嫌いかの?」

イナリちゃんが不安げに首を傾(かし)げる。

「い、いや好きとか嫌いとかじゃなくって、時間がなさすぎる!アイツと会ってからまだ2日しか経ってないんだよ?それに神様と結婚だなんて話が大きすぎるっ!」

「神といっても、人間とさほど変わりはないわよ?人間が思っているほど私たちは高度なものじゃないの。住むところと長けている能力の違いくらいよ」

「う〜ん…」

確かに、昨日今日と光希を見てきて今まで『神様』って存在とまったくもって似てないってのはわかってる。
でも…

「…隆史には、他に誰か気になる女子でもおるのか?」

「え、いや。そりゃ、今はいないけどさ…」

正直なところ、今周りにいる女の人で仲がいいのは隣に住む沙恵先輩くらいなもの。
他の人とは教室なんかでたまに軽く喋る程度だ。
と、いうのも。学校唯一の『真志のナンパの歯止め役』として毎日が忙しいからなんだけども。

「それじゃぁ。決まりっ!」

世界主が嬉しそうにビシッと勢いよく天井を指さす。

「これからは、お試し期間よ!」

「はい?」

「本当は即守護の儀式を行ってもらいたかったんだけど、これから少しの間は光希ちゃんのお試し期間!気に入ったら光希ちゃんの正式な守護者となる!気に入らなかったら暗く寂しい一人暮らしに戻る!ってことよ」

うわ。今、ものすごい一人暮らしを馬鹿にされたっていうか、下に見られたな。

「そんな新しい化粧品の宣伝みたいな…―――「わ、私は!それでいいよっ! む、むしろその方が隆史に私のことを知ってもらえると思うしっ!」

寝室の扉があいたかと思うと光希が飛び出してくる。
ってか、お前は寝てたんじゃないのか?

「むぅ。『酒気抜き』くらいもっと早く出来ぬかのぉ?初歩といってもいいような術じゃぞ?変化ばかりできてもしかたがなかろうが?」

「うぅ!イナリちゃんが意地悪だぁっ!お姉様ぁ〜!」

「私の【神殺し】はアルコール度数が半端ないからねぇ〜。光希ちゃんは初めてだってのに、お姉さん失敗しちゃったかな」

てへっ。と☆でもつけそうな勢いで自分の頭に手を当てる世界主さん。
隣のイナリちゃんが何かボソッとこぼしたがよく聞き取れなかった。

「え、え〜と。隆史?」

さっきとは違う、少し戸惑いの交った声で光希がいう。

「突然、あらわれて結婚してくれだなんて言うのは本当に迷惑なことなんだと思う。なんか最初からグダグダしちゃったし。こんな大事な…自分から言うことなのに今まで恥ずかしがって言えなかったし…。でも、私が隆史を好きになって自分の守護者に選んだのは本当!わかってる!これは本当に私のわがままでしかない!でも、そのわがままに少しの間だけ付き合ってほしいの!お願い!」

「さて」と、こちらに近づいてくる世界主。

「隆史く〜ん?話はわかってくれたかな?」

もう一度光希を見る。
光希の真剣な表情はこれで2度目だ。1度目は居候すると聞いたとき…。
どうやら俺はそんな状況に弱いらしい…。

俺が小さくうなずくとイナリちゃんがどこからか取り出した古い経典のようなものを読み上げる。

「それでは隆史。光希嬢をしばらくの間この場に留め、共に住まい、その身をもってしてでも光希嬢を護りぬくことを誓いますか?」

「はい。誓います」

………カチリッ

…あれ?今なんか…

どう?イナリちゃん

万事おっけえじゃよ姉様

イナリちゃんが耳に片手を当てもう片方の手で机の下を探りながらウンウンとうなずく。
え〜と、

「イナリちゃん、何がOKな―――「さ、さてっ!イナリに光希ちゃん!隆史が同意したからには早速準備開始だよっ!」

「え?お姉さま。準備って一体なんの――「なっ、何言ってるの!準備っていったらその〜…とにかく準備よ!準備っ!」

半ば強引に光希を脇に抱えてどこかへと飛び出していく世界主さん。

「そ、それじゃぁ隆史。イナリたちは少し遅くなると思うから先に寝ておれ!」

閉まりかけていた玄関の扉の間に方足を突っ込み隙間を作りながらそう叫んだイナリちゃんの背中が見えなくなり、外で必死に世界主さんを追いかける声が聞こえなくなってもしばらくの間動くことができなかった。


□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□


「あいつら…遅いなぁ」

もはや完全に俺専用の寝床となった寝袋の中で一人呟く。
時刻はもうそろそろ0時になる。
最初は待っててやろうと思ったものの、イナリちゃんの言葉を思い出し先に寝ることに決めた。
鍵は開けておいたし、大丈夫だろう。

「それにしても」

引っ越してきたときとなんら変わらない白い天井を見つめながら今日の話を思い出す。

「神様と結婚…かぁ」

光希たちが神様ってのも壮大な話なんだろうけど、その神様と結婚っていうのはそれ以上。
第一、俺なんかがそんな重要な役を引き受けられるはずがないじゃないか。
人間の男なんて山ほどいるんだから何も俺じゃなくてもいいはずだし。
光希は俺がいいみたいなこと言ってたけど、これからの人生をともにする人を選ぶわけなんだからもっとしっかり考えてほしいと思う。

ま、言っちゃうと恋愛経験なんてもの今までないままいきなり結婚なんていう事態に戸惑ってるだけなのかもしれないけどさ…。

「…やっぱり、考え直してもらった方がいいんじゃないかなぁ」

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